老いも若きも憧れのウェディングドレスを着たい
私がもう少し若かった20代の頃、バタバタと友人達が結婚していきました。その中でも圧倒的に人気だったのが、教会で純白のウェディングドレスを着てイエスキリストに永遠の愛を誓うという挙式でした。 たまに白無垢でどちらかというと地味で厳粛な結婚式に出席する事もありましたが、あとで聞くところによれば、「私は教会でウェディングドレスを着たかったのに、相手の両親が、二人ともキリスト教でもないのに、とか日本人は白無垢だ、とかわけのわからない事をゆって、強制的に神社で挙げさせられたんや〜」という恨みや文句を聞き、泣く新妻をなぐさめるはめになった、という事も多々あり、実際の教会式の人気は、そのように教会での挙式に反対され、教会以外で式を挙げたというカップル数を考慮すると、教会で式を挙げた事例(カップル)数だけでは語れないものがあるようです。実際私の母親(60代。もちろん白無垢で挙式)も、たまに列席した結婚式の写真が出来上がると、「近頃の人は、私らの若い頃と違ってスタイルがよくなったから、ウェディングドレスが良く似合ってうらやましいね〜」と、どうもウェディングドレスを着てみたかった・・旨を暗に仄めかしています。私ももしもう一度結婚するなら、どちらかといえば白無垢よりかはウェディングドレス、神社やお寺よりかは教会で式を挙げてみたいな〜、という気が何となくします。 花婿にとっても教会での挙式が人気なのかどうかはわかりません(私が思うに、男の人にとっては、舅となる人が花嫁を((時に苦虫を噛み潰したような顔をして))連れてくるのを人前で長い間待ったり、「Yes,I do(はい、誓います)」)と健やかなる時も病める時も貧しいときも永遠の愛を人前で誓ったり、花嫁にキスするのを「許可」されたりと、かなり、こっ恥ずかしいことだらけのような気がするので)、花嫁さんにとっては圧倒的に教会での挙式が一番人気だと思うのですが、教会での挙式の何がそんなに魅力的なのでしょうか? 単に日本古来の宗教によるしかつめらしい挙式を嫌って、という事であれば、キリスト教(宗派を問わずキリスト教全般)での挙式だけに人気が集中するのも不思議です。世界中、いろんなところに進出していて、新しい物好きで進取の気勢に富んだ日本人の事、もっとイスラム教やヒンズー教などでの挙式がはやっていてもおかしくないと思うのですが(もっともイスラム教での挙式がイスラム教徒以外に許されるかどうかは別ですが)。 穿った見方はできませんが、一番に思いつくこととして、日本古来の挙式にないおしゃれで華やかさで、楽しさ一杯なのが魅力なのではないでしょうか。また、女性の視点から見てみると、式の間を通して随時感じ取る事ができる、「彼が私を待っててくれる」「彼が私に永遠の愛をみんなの前で誓ってくれた」「彼はやっと私に正式にキスする事ができるようになった」「私はとても愛されている」など、花嫁を崇め、とても大事な宝物のように扱うような、花嫁が主役、という雰囲気があり、幸せな一日の上にさらに幸せを感じる事ができるような演出のせいなのかもしれません。 欧米諸国では、日本の祝言のような「家と家」のつながりはあまり重視されませんし、日本の挙式のように「嫁に入る」という旦那の家に嫁入りするという感覚ではなく、個人と個人の式という形が取られているのも、あまり家に縛られたくない現代の女性にとって、ぴったり当てはまる形式なのかもしれません。
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